大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和29年(う)2911号 判決

被告人 沼田孝佐

〔抄 録〕

原判決挙示の証拠を総合すれば、一応、原判示事実を肯認し得るものの如くであるが、記録を検討し且つ当審における事実の取調の結果に徴すると、原判決の採証及び認定には次のような誤謬が存する。すなわち原判決は唯一の物的証拠として押収の自転車一台(昭和二九年押第一〇七八号の二)と自転車の車轍痕を採取した石膏二個(同押号の四)とを援用しており、右自転車は原判示山田清次方における盗難被害発生後、司法警察員が被告人方から任意提出を求めて領置したものであり、右石膏は該被害発生当時、原判示現場に印せられた自転車の車轍痕と目せられるものを石膏に採取したものであつて、原判決がこの二つを一括して証拠に引用した趣旨を推量するに、右石膏型に示された車轍痕は押収に係る自転車のタイヤに依つて作られる車轍痕と同一であることを実証し、以つて、原判示草間章が原判示山田清次方物置より玄米を窃取するに際し右草間章に共同加功した者が被告人であることの認定資料としたこと記録並に当審証人笹島欽哉の供述によつて疑を容れないところである。しかるに当審における鑑定人宮野豊の作成に係る鑑定書によると、前示石膏型に示された車轍痕は押収の自転車のタイヤに依つて作られる車轍痕と同一のものとは認められないことが明らかであるから、両者の同一性を前提としてこれを本件の罪証に供した原判決には、所論のとおり採証の法則を誤つた違法があるものといわなければならない。更に進んで、原判決の援用する爾余の証拠を検討するに、一件記録殊に原審第一回及び同第五回公判調書中被告人の各供述記載に徴すると、被告人は司法警察員及び検察官事務取扱検察事務官から取調を受けた当時、実父福松が病気重篤であつたため釈放の可及的速やかなるを望むの余り故らに後記草間章の供述に副う趣旨の内容虚僞の自白をしたものであることを推認するに難くなく、従つてかかる虚僞の自白を録取した各供述調書を有罪の認定資料とすることはできない。次に草間章は本件取調の当初以来原判示と同趣旨の供述をしており、当審においても一貫してその供述を変更していないのであるが、原審証人栗原兼義、同竹垣常三郎の各供述等によつて窺われる右草間の性格、該供述の態様等に徴すると、遽かにこれを措信し難く、従つて同人の供述を根拠として本件を有罪と断定することも相当でないと認めざるを得ない。その他の原判決引用証拠は原判示事実を認定する証左とするに足らず、その他記録並に当審における事実の取調の結果に徴しても、他に原判示事実を認定するに足る証拠を発見し得ない。して見れば原判決が本件につき被告人を有罪と認定したのは、所論のとおり判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認を冒したものといわなければならない。それゆえ論旨は何れも理由があり、原判決は全部破棄を免れない。よつて刑事訴訟法第三百九十七条第四百条但書に則り原判決を破棄し、更に当裁判所自ら判決することとする。

(谷中 坂間 荒川)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!